
年始にNHKで「AKIRA」を放映していました。1980年代後半の傑作アニメ映画。近未来の退廃したイメージの美学に貫かれ、あらゆるものが影響を受けたように思います。
ぼくが建築学生として過ごした1990年代後半は、まさに世紀末でした。AKIRAが上映されたバブル経済期から進み、本当に経済が直滑降に下り、未曾有の震災やテロ事件も起き、暗澹たる気分が漂ってもいたように思います。
そんななか、学生時代の設計課題の作風にもちょっとした世紀末ブームはあって、ファッションとしての退廃を好むような気分があったように思います。先々を悲観するようなテーマ性と退廃的な表現。まだCGなどもほとんど無い時代。暗い背景をバックに、退廃的な造形物が映り込む模型写真。それはイメージとしてとてもカッコよく思えたのです。
ぼくもそんな気分に影響され、課題作品に取り組んだのを思い出します。上の写真は、詩人・富永太郎のミュージアムの課題で、文京区湯島に生きた詩人の記憶と痕跡を留めるミュージアムをつくる、というもの。
そんな課題に対してぼくが取り組んだのは、建物同志のスキマに縫って広がる、錆びついた鉄の造形物。この時点で早くも屈折してますね(笑) 富永太郎の詩そのものが退廃的であったことにも突き動かされ、建物の輪郭も判然としない造形物のなかに、仄かな光のような希望を見出せるのでないか、という、いかにも青臭い思い込み(!?)で課題に取り組んでいました。

それから四半世紀が過ぎ、今は住宅を設計しながら、安らぎや穏やかさ、ヒュッゲであることについて重きを置いて考えるようになりました。現実としての退廃が世界各地で起きている現在に、本当の意味で建築が役に立つことを求めて進んでいかねば。
AKIRAを観ながら、退廃好みに迎合した当時に甘酸っぱさを覚えつつ、やはりこの作品の世界観の凄みに驚嘆せざるを得ませんでした。